日本文化の考察

日本における近代建築の歴史

長らく鎖国をしていた日本に西洋建築の技術が入ってきたのは開国の頃、つまり江戸時代の終わりごろでした。幕末から明治前期頃は従来の和風建築と洋風の意匠が混在した「擬洋風建築」と呼ばれるものが主流で、当時の学校はこの様式のものが多く建てられました。

明治に入ってしばらく経つと辰野金吾など日本人建築家が誕生し、日本銀行や東京駅駅舎など数多くの建築物が現れ始めます。ちなみに、辰野金吾の建築物は煉瓦の壁面が特徴的です。そしてこの時代の建築物は、ルネサンス様式・バロック様式と呼ばれています。

やがて時代が下り、明治中期以降になるとアール・ヌーヴォーと呼ばれる曲線を多用した意匠の建築が目立ち始めます。このように華々しい近代建築の歴史が続くわけですが、東京では1923年に関東大震災が起こり大規模な火災が発生しました。これを受けて、建築物に不燃化の流れが起こり始め、青山アパートメントハウスなど鉄筋コンクリート構造の建物が出てきます。

昭和初期には銀行や生命保険会社の建物、株式取引所などより多くの建築が建つことになりますが、その多くはアール・デコの様式を取り入れていました。

戦後は経済復興や住宅不足を解消するため、建築はより機能的であることが重視されるようになりました。戦後の建築家としては丹下健三が特に有名で、広島平和会館や東京都新庁舎を手掛けました。そして、今後は自然と一体化した建築が求められる、というのが安藤忠雄の考えです。

This entry was posted on 水曜日, 8月 29th, 2018 at 11:59 AM and is filed under 未分類. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Both comments and pings are currently closed.

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