日本文化の考察

ご葬儀知識 会葬返礼品について 

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9月 14th, 2011 Posted 10:26 PM

葬儀の打ち合わせをする際に返礼品を決めるのですが二つの選択があります。

まず一つ目はご会葬御礼と言い式場まで足を運んで頂いたことへの感謝に対して送る引き物。

二つ目は後日四十九日に送る香典返しを葬儀当日にやってしまう即日の香典返しです。

この二通りにはそれぞれメリット・デメリットが存在します。まず、会葬返礼品には葬儀後に

大量の会葬名簿の整理をしなくてはなりませんが確実にそれぞれの会葬者に頂いた金額の

半返しを行えます。それに対し即日返しは葬儀後のリスト整理は省く事が出来ますが金額に関わらず同じ品物をお渡しにする為に先様のお立場によっては失礼に当たる事も想定されます。

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お彼岸とお盆にお墓参りをする意味の違い

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6月 12th, 2019 Posted 11:06 AM

 お彼岸は1年に春と秋の2度訪れます。このお彼岸は、ご存知のように春分の日と秋分の日を中心にした1週間に当たります。この春分の日と秋分の日は、太陽が真東から上り真西に沈みます。この事から、昔の人は死者が眠る彼岸と我々が生きる此岸が最も近づく時だと考えたのです。その事から、お彼岸には先祖を敬い、先祖を偲び、自分の身を正す修行をするべき時期と考え、お墓参りをする事が習わしとなったのです。

 それに対して、お盆の由来はインドから来ており、少し不明瞭な点もあります。しかし、日本ではお盆の時期は、先祖を自宅に戻し、一緒に過ごす時期だと考えられています。従って、お盆の初めにお墓参りをし、先祖の方々を自宅にお連れするのです。本来お盆にお墓参りする意味は、お彼岸のお墓参りと意味が異なるのです。そして、自宅にお迎えした先祖は、送り火によって再び黄泉の世界にお送りするのです。京都の有名な五山の送り火は、この先祖を黄泉の国にお送りするための送り火なのです。

 お彼岸とお盆にお墓参りをする意味は、以上の様に本来は異なるのです。しかし、いずれも先祖を敬い、先祖を偲ぶ行事である事に違いはなく、お彼岸やお盆には、まずお墓参りをする習慣を付けたいものです。

 

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ペットが亡くなったらきちんとお見送りを

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2月 28th, 2019 Posted 10:54 AM

最近では、大切なペットがなくなったときには、しっかりと葬儀を行うというような人も増えています。ペットというのは、家族同然です。そのペットがなくなったら、家族同様に最後のお見送りをしてあげたいと思う人が増えているのです。
ペットの葬儀というと、人間の葬儀などよりも手を抜いたものであると思われるかもしれませんが、実はペット葬儀は人間と同じような手法で行われますので、遺影作り、ペットの預かりから別れの葬式に至るまで、手厚くサポートしてもらうことが出来ます。
もちろん、ペットの火葬までしっかりと行われますので、大切なペットを火葬にて供養してあげることが出来ます。ペットの葬式では、亡くなったペットを預かったら、火葬に至るまで責任もって行われますし、ペットを亡くされたご家族の気持ちに寄り添った対応をしていきますので、悲しみのなかで葬式を依頼するご家族も安心して任せることが出来ます。
近年では、ペット葬式を承っている企業が増えていますが、大手のペット葬式や人間の葬式などを行っている斎場がペット葬式を行っていることがありますので、そのような安心して依頼できるようなペット葬儀社を事前に調べておくことも大切であると言えます。

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日本における近代建築の歴史

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8月 29th, 2018 Posted 11:59 AM

長らく鎖国をしていた日本に西洋建築の技術が入ってきたのは開国の頃、つまり江戸時代の終わりごろでした。幕末から明治前期頃は従来の和風建築と洋風の意匠が混在した「擬洋風建築」と呼ばれるものが主流で、当時の学校はこの様式のものが多く建てられました。

明治に入ってしばらく経つと辰野金吾など日本人建築家が誕生し、日本銀行や東京駅駅舎など数多くの建築物が現れ始めます。ちなみに、辰野金吾の建築物は煉瓦の壁面が特徴的です。そしてこの時代の建築物は、ルネサンス様式・バロック様式と呼ばれています。

やがて時代が下り、明治中期以降になるとアール・ヌーヴォーと呼ばれる曲線を多用した意匠の建築が目立ち始めます。このように華々しい近代建築の歴史が続くわけですが、東京では1923年に関東大震災が起こり大規模な火災が発生しました。これを受けて、建築物に不燃化の流れが起こり始め、青山アパートメントハウスなど鉄筋コンクリート構造の建物が出てきます。

昭和初期には銀行や生命保険会社の建物、株式取引所などより多くの建築が建つことになりますが、その多くはアール・デコの様式を取り入れていました。

戦後は経済復興や住宅不足を解消するため、建築はより機能的であることが重視されるようになりました。戦後の建築家としては丹下健三が特に有名で、広島平和会館や東京都新庁舎を手掛けました。そして、今後は自然と一体化した建築が求められる、というのが安藤忠雄の考えです。

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